【私のリカバリー】仕事力
私は32歳から約10年間のブランクを経て最近(もう3年目になりますが)病気の事をオープンにして仕事に着きました。でもそこで待っていたのは、偏見だらけの目でした。皆ことごとく、陰湿な意地悪をしてきていました。でも私は、耐えるしか選択はありませんでした。私は運悪く、障害者年金をもらえませんでしたので、病気と向き合ってきたブランクの10年間は、私にとって親のすねをかじってのどん底の人生だったからです。
どん底人生になると人間関係まで変わってきます。手の平返したように今まで(それまで)仲良かった友人達も去っていきました。お金の力は大きいと思いましたが、心まで疎んでいたのでしょうね。働いて3年目になる今でも心が疎んでいる様な感じがしますが、以前よりは心に余裕・ゆとりがでてきた様に思います。
私はこれからだと思っています。徐々に変化を肌で感じるからです。
意地悪に耐えるだけの人生だったのが、他人に思いやりを持って接してこられるようになって、初めてどん底からぬけでてこられる、そう思えてきたのです。
P.S
豚でも人の役に立ちたい、“ベイブかな”
不自由な障害者 生きるアイデアいっぱい
華子
ニュース
☆リカバリーキャラバンフェイスブックもあわせてみてくださいね
https://www.facebook.com/recoverycaravanTai
☆福祉新聞でリカバリーキャラバン隊の冊子「精神疾患を持つ方が働くための合理的配慮の会話帳でっかい輪」を取り上げていただきました。
多くの皆様のおかげでいい冊子になりました。心より感謝いたします。
精神障害者が働くために必要な合理的配慮とは
http://www.fukushishimbun.co.jp/topics/10061
☆キャラバン隊がNHKハートネットTVブログの取材を受けています
仕事とともに、このキャラバン隊の活動が大きな生きがいとなっていると紹介されています。
2011年4月4日月曜日
2011年4月3日日曜日
【私のリカバリー】茶道を嗜むことは、生きること
【私のリカバリー】茶道を嗜むことは、生きること
私は茶道の免状を持っていますので、今でも時々お抹茶をたしなんでいます。
といっても、お抹茶を茶杓ですくって茶筅をたてるだけなのですが、一日の終わりにお抹茶を味わっています。
ふうっとするひと時で、生きているな~と実感できる時でもあります。
ところで私が嗜んでいるお抹茶の名前なのですが、“青山の白”と“初音”と“若き白”という物があります。教わった話なのですが、“青山の白(あおやまのしろ)”とは“青山(せいざん)”とも読めるもので
“青山(せいざん)”とは生と死を意味するものだそうです。そして“初音”とは、今の事ではないかと思うんです。今、一瞬一瞬が次々と昔に過去になっていく、そういう意味ではないかと思っています。
“若き白”とは私は赤ちゃんのことを指していると思うのです。色がついてないではないですか。
これはあくまで私の推測なのですが、こんな事を一日の終わりに考えながら、お抹茶をいただいているのです。
堀尾雅子
私は茶道の免状を持っていますので、今でも時々お抹茶をたしなんでいます。
といっても、お抹茶を茶杓ですくって茶筅をたてるだけなのですが、一日の終わりにお抹茶を味わっています。
ふうっとするひと時で、生きているな~と実感できる時でもあります。
ところで私が嗜んでいるお抹茶の名前なのですが、“青山の白”と“初音”と“若き白”という物があります。教わった話なのですが、“青山の白(あおやまのしろ)”とは“青山(せいざん)”とも読めるもので
“青山(せいざん)”とは生と死を意味するものだそうです。そして“初音”とは、今の事ではないかと思うんです。今、一瞬一瞬が次々と昔に過去になっていく、そういう意味ではないかと思っています。
“若き白”とは私は赤ちゃんのことを指していると思うのです。色がついてないではないですか。
これはあくまで私の推測なのですが、こんな事を一日の終わりに考えながら、お抹茶をいただいているのです。
堀尾雅子
2011年4月2日土曜日
【私のリカバリー】お金だけではない、健康も天下の回りもの
【私のリカバリー】お金だけではない、健康も天下の回りもの
昔からよくお金は手には入らないものと言われてきましたが、努力が必ずつきものです。
努力なしにはお金は手に入らないと言われています。
私が思うには、健康も然れど努力なしには手に入らないと思っています。
確かに、20代~30代の頃には、健康は疎かになりがちで、やもすると気を遣わなくなってしまいます。
お金だけではない、健康も天下の回りものという言葉は、そんなヤング世代には、当てはまらない言葉ですが、私達40代世代には希望さえ持てる言葉だと思います。
私はヨーガを習っていて、世界的なヨーガで有名なプージャスワミジさんは、次のことを言っています。
「与えることは生きることであり、生きることは学ぶこと、学ぶことは知ること、知ることは成長すること、成長することは与えること、与えることは生きることである。これが人生の真の循環である。」
私も最後の与えることをしなければいけない時期に差し掛かっていると思うこの頃です。
それが本当の意味での生きることだと思われるからです。
堀尾雅子
昔からよくお金は手には入らないものと言われてきましたが、努力が必ずつきものです。
努力なしにはお金は手に入らないと言われています。
私が思うには、健康も然れど努力なしには手に入らないと思っています。
確かに、20代~30代の頃には、健康は疎かになりがちで、やもすると気を遣わなくなってしまいます。
お金だけではない、健康も天下の回りものという言葉は、そんなヤング世代には、当てはまらない言葉ですが、私達40代世代には希望さえ持てる言葉だと思います。
私はヨーガを習っていて、世界的なヨーガで有名なプージャスワミジさんは、次のことを言っています。
「与えることは生きることであり、生きることは学ぶこと、学ぶことは知ること、知ることは成長すること、成長することは与えること、与えることは生きることである。これが人生の真の循環である。」
私も最後の与えることをしなければいけない時期に差し掛かっていると思うこの頃です。
それが本当の意味での生きることだと思われるからです。
堀尾雅子
2011年4月1日金曜日
【私のリカバリー】異様な体験から
異様な体験から
「おい」「なんだ」通りすがりの人の声が聞こえる。幻聴だ。「何だ、こんなの」と思っても耳から離れない。日も暮れかけて建物も長いかげを作っている。「いやだな」と思ってバイパスに入ると古い居酒屋や食事処の建物がこわれたいびつな木材に見える。思わず足元に目を落とすとひびわれたアスファルトが異様に光っている。私はこわくなってかけだしてやっと表通りに出た。人ごみをかきわけてガソリンスタンドの脇にあるベンダーにたどりついた。いきせききって120円をコイン投入口に放り入れていつものエメラルド・マウンテンのボタンを押した。ガチャッと缶が落ちた。やれやれとほっとひといき飲む。
「何だろうこれ」あたりは暗くなってきた。黒いひとの人のむれが私と関係なく動いていく。
信号の赤、青、黄の色がいやに目について、私はパチンコの台を見ているようで目が回った。「やーこーや」とつぜん大きな声がするのであたりを見回す。ただ人が黙々と歩いているだけだ。街は海のようだ。
時間を待って帰りのバスに乗って席につく。100円出そうとするがなかなかサイフからでない。用意するのに5分もかかってしまった。するととなりのおばあさんが「ぜにまみれだ」と聞こえた。「もういやだ」と思ってサイフをポケットにしまった時バスが発車した。バスは闇の中を装甲車のように進んだ。無気味な坂をのぼって焦るように走っていた。「次は3丁目です」私はバスを逃げるように降り、祈るように走って家にたどり着いた。
うらの戸を開けた母が同情をこめて「よく帰ってきたのね」と私を抱きしめてくれた。
私は小さな子のように母のぬくもりに身をゆだねた。
サム ウォーカー ジュニア
「おい」「なんだ」通りすがりの人の声が聞こえる。幻聴だ。「何だ、こんなの」と思っても耳から離れない。日も暮れかけて建物も長いかげを作っている。「いやだな」と思ってバイパスに入ると古い居酒屋や食事処の建物がこわれたいびつな木材に見える。思わず足元に目を落とすとひびわれたアスファルトが異様に光っている。私はこわくなってかけだしてやっと表通りに出た。人ごみをかきわけてガソリンスタンドの脇にあるベンダーにたどりついた。いきせききって120円をコイン投入口に放り入れていつものエメラルド・マウンテンのボタンを押した。ガチャッと缶が落ちた。やれやれとほっとひといき飲む。
「何だろうこれ」あたりは暗くなってきた。黒いひとの人のむれが私と関係なく動いていく。
信号の赤、青、黄の色がいやに目について、私はパチンコの台を見ているようで目が回った。「やーこーや」とつぜん大きな声がするのであたりを見回す。ただ人が黙々と歩いているだけだ。街は海のようだ。
時間を待って帰りのバスに乗って席につく。100円出そうとするがなかなかサイフからでない。用意するのに5分もかかってしまった。するととなりのおばあさんが「ぜにまみれだ」と聞こえた。「もういやだ」と思ってサイフをポケットにしまった時バスが発車した。バスは闇の中を装甲車のように進んだ。無気味な坂をのぼって焦るように走っていた。「次は3丁目です」私はバスを逃げるように降り、祈るように走って家にたどり着いた。
うらの戸を開けた母が同情をこめて「よく帰ってきたのね」と私を抱きしめてくれた。
私は小さな子のように母のぬくもりに身をゆだねた。
サム ウォーカー ジュニア
2011年3月31日木曜日
【私のリカバリー】リカバリーの道(タバコ一本の縁)
リカバリーの道(タバコ一本の縁)
リカバリーの道は本当に大変だ。お金がなくてしゅんとしている時「たばこ一本!」と友人にねだる時の心苦しさ。さあ働こうと一念発起して職安に行く。
介護、清掃、警備。65歳の私にとっては厳しい仕事ばかりである。
しょんぼりして家に帰ると母が「洗濯物干して」「布団干して」「皿を洗って」と次から次へと用事をいいつける。ひととおりお手伝いが終わってベッドにあお向けになって横になると不安が次から次へとおそってくる。サイフには1,000円しかない。弟も母も疲れきって寝込んでいる。ゴルフも囲碁も今日はやる気がない。
「え~い、ままよ」友人も相手にしてくれないなら駅まで出て喫茶店で一服吸おう。そう決めて4丁目から無味乾燥なバスに乗っていつもの景色をみて駅へ出る。サラリーマン、主婦、子供連れ、暇そうなおじさん。いろいろ人がいる。
働きたいなあ、いつのまにか年をとってしまった。私もひまをもてあましているおじさんだ。
コンコースを歩いていると突然うしろから声をかけられる。いつものデイケアの知り合いだ。「やあ、おはよう、たばこ一本頼む」「おやすい御用、はい」と一本渡す。
彼はにこにこして通り過ぎて行った。
サム ウォーカー ジュニア
リカバリーの道は本当に大変だ。お金がなくてしゅんとしている時「たばこ一本!」と友人にねだる時の心苦しさ。さあ働こうと一念発起して職安に行く。
介護、清掃、警備。65歳の私にとっては厳しい仕事ばかりである。
しょんぼりして家に帰ると母が「洗濯物干して」「布団干して」「皿を洗って」と次から次へと用事をいいつける。ひととおりお手伝いが終わってベッドにあお向けになって横になると不安が次から次へとおそってくる。サイフには1,000円しかない。弟も母も疲れきって寝込んでいる。ゴルフも囲碁も今日はやる気がない。
「え~い、ままよ」友人も相手にしてくれないなら駅まで出て喫茶店で一服吸おう。そう決めて4丁目から無味乾燥なバスに乗っていつもの景色をみて駅へ出る。サラリーマン、主婦、子供連れ、暇そうなおじさん。いろいろ人がいる。
働きたいなあ、いつのまにか年をとってしまった。私もひまをもてあましているおじさんだ。
コンコースを歩いていると突然うしろから声をかけられる。いつものデイケアの知り合いだ。「やあ、おはよう、たばこ一本頼む」「おやすい御用、はい」と一本渡す。
彼はにこにこして通り過ぎて行った。
サム ウォーカー ジュニア
2011年3月30日水曜日
【私のリカバリー】私のリカバリーのモットー
私のリカバリーのモットー
私は調子の良い時も悪い時もモットーを持っている。
1. これまで通り
2. 人間はひとり
3. 今日が終わればよい
この言葉に安心を憶えてもう何十年にもなる
たとえば困難にぶつかった時、何かやらなければとか、こうしなければならないと焦る。
だが、ちょっと待て、今まで何十年も生きてきてやり通してきた。これまで通りやっていれば良いと考える。自分は自分だ。いままで人との人間関係は良いコミュニケーションを図ってきた。何とかなると考えている。
病気のリカバリーには何でもありだ、考え次第だ。
今までこれはこうだと頑張ってきたがちょっと考えれば自分の信念がすべてではない
世界には何十億という人がいる。様々な価値観が交ざり合って社会が成り立っている。病気も急性の時など過去のほんの一場面であり、私は病気をものとも思わない。会社にいけば言うべきことをはっきりと言う。
こうして頑張ってきた私だがリカバリーは山あり谷ありだ。
感性の異様な状態の時でもちゃんと買い物ができ道に迷わず家に帰れる。
ここが精神疾患の不思議なところである。通りでなじみの顔に人がにこにこして挨拶してきた。私はこんな時ほっとする。
これでいいんだ。私は静かに自分に言い聞かせた。
サム ウォーカー ジュニア
私は調子の良い時も悪い時もモットーを持っている。
1. これまで通り
2. 人間はひとり
3. 今日が終わればよい
この言葉に安心を憶えてもう何十年にもなる
たとえば困難にぶつかった時、何かやらなければとか、こうしなければならないと焦る。
だが、ちょっと待て、今まで何十年も生きてきてやり通してきた。これまで通りやっていれば良いと考える。自分は自分だ。いままで人との人間関係は良いコミュニケーションを図ってきた。何とかなると考えている。
病気のリカバリーには何でもありだ、考え次第だ。
今までこれはこうだと頑張ってきたがちょっと考えれば自分の信念がすべてではない
世界には何十億という人がいる。様々な価値観が交ざり合って社会が成り立っている。病気も急性の時など過去のほんの一場面であり、私は病気をものとも思わない。会社にいけば言うべきことをはっきりと言う。
こうして頑張ってきた私だがリカバリーは山あり谷ありだ。
感性の異様な状態の時でもちゃんと買い物ができ道に迷わず家に帰れる。
ここが精神疾患の不思議なところである。通りでなじみの顔に人がにこにこして挨拶してきた。私はこんな時ほっとする。
これでいいんだ。私は静かに自分に言い聞かせた。
サム ウォーカー ジュニア
2011年3月29日火曜日
【私のリカバリー】リカバリーの旅
リカバリーの旅
リカバリーの旅はゴルフコースを回るようなものだ。
朝早くコースに出てスタートする。第一打をはなつ。
ナイスショットであれば気持ちがよい。時々ラフに入る。
そこからのリカバリーには勇気がいるが思い切って打つ。
こうして楽あり苦ありで18ホール周った時は気持ちが良い。
病気もそうである。朝起きた時スカッとしている時、憂鬱な時もある。
たとえば散歩に行くとか体を動かすとか一歩踏み出すことをこうと決めてやることが大切だ。
今、私は仕事して英語と清掃をやっている。趣味も持っている。
稼ぎは家族を支える事、ゴルフでも時々池に入れたりハザードにつかまったりする。
これはたとえていえば調子悪くなっても入院することだ。
でも勇気と決断は忘れてはいけない。
たとえ林に入って判断を間違えずにフェアウェーに出すとかすればよい。
病気もそうだ。今日はつらいと思ったら多少お金を使っても喫茶店でリラックスするウインドウショッピングするなどの工夫をすると良い。
リカバリーの道は楽しい。
サム ウォーカー ジュニア
リカバリーの旅はゴルフコースを回るようなものだ。
朝早くコースに出てスタートする。第一打をはなつ。
ナイスショットであれば気持ちがよい。時々ラフに入る。
そこからのリカバリーには勇気がいるが思い切って打つ。
こうして楽あり苦ありで18ホール周った時は気持ちが良い。
病気もそうである。朝起きた時スカッとしている時、憂鬱な時もある。
たとえば散歩に行くとか体を動かすとか一歩踏み出すことをこうと決めてやることが大切だ。
今、私は仕事して英語と清掃をやっている。趣味も持っている。
稼ぎは家族を支える事、ゴルフでも時々池に入れたりハザードにつかまったりする。
これはたとえていえば調子悪くなっても入院することだ。
でも勇気と決断は忘れてはいけない。
たとえ林に入って判断を間違えずにフェアウェーに出すとかすればよい。
病気もそうだ。今日はつらいと思ったら多少お金を使っても喫茶店でリラックスするウインドウショッピングするなどの工夫をすると良い。
リカバリーの道は楽しい。
サム ウォーカー ジュニア
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