異様な体験から
「おい」「なんだ」通りすがりの人の声が聞こえる。幻聴だ。「何だ、こんなの」と思っても耳から離れない。日も暮れかけて建物も長いかげを作っている。「いやだな」と思ってバイパスに入ると古い居酒屋や食事処の建物がこわれたいびつな木材に見える。思わず足元に目を落とすとひびわれたアスファルトが異様に光っている。私はこわくなってかけだしてやっと表通りに出た。人ごみをかきわけてガソリンスタンドの脇にあるベンダーにたどりついた。いきせききって120円をコイン投入口に放り入れていつものエメラルド・マウンテンのボタンを押した。ガチャッと缶が落ちた。やれやれとほっとひといき飲む。
「何だろうこれ」あたりは暗くなってきた。黒いひとの人のむれが私と関係なく動いていく。
信号の赤、青、黄の色がいやに目について、私はパチンコの台を見ているようで目が回った。「やーこーや」とつぜん大きな声がするのであたりを見回す。ただ人が黙々と歩いているだけだ。街は海のようだ。
時間を待って帰りのバスに乗って席につく。100円出そうとするがなかなかサイフからでない。用意するのに5分もかかってしまった。するととなりのおばあさんが「ぜにまみれだ」と聞こえた。「もういやだ」と思ってサイフをポケットにしまった時バスが発車した。バスは闇の中を装甲車のように進んだ。無気味な坂をのぼって焦るように走っていた。「次は3丁目です」私はバスを逃げるように降り、祈るように走って家にたどり着いた。
うらの戸を開けた母が同情をこめて「よく帰ってきたのね」と私を抱きしめてくれた。
私は小さな子のように母のぬくもりに身をゆだねた。
サム ウォーカー ジュニア
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