10. IPSの就職率に対する心構え
IPSはその効果を示す方法の1つとして、就職率の統計的な改善を提出しました。このことは分かりやすかったため、ジャンクフード化したIPSを生んでしまいました。桜ケ丘記念病院でもIPSを導入する際に、「IPSで就職率が改善したという統計データをぜひ示そうじゃないか」といった声かけが起きました。実際に統計的な改善を示し公表してきましたが、そこでサービスを提供したチームの脳裏には就職率がありました。ということは、ここで提供されたIPSは「就職することは良いことだ」という援助者側の都合が入り込んでいたと言えます。本人の興味・意思・判断を尊重するIPSの魅力を伝える機会を持つことでこの矛盾に気付き、就職率を意識したIPSから脱することができましたが、現在も就職率が高いこと=良いこと(あるいは働くこと=リカバリー)だという価値観に基づいて援助を展開するIPS実践家が多いのは残念で仕方がありません。就職率を意識している以上、それはIPSの原則から外れており、IPSとは呼びません。
就職率の改善という統計的エビデンスはNBMにおいては1つの物語にすぎません。実際にIPSの教科書「ワーキングライフ」において「There are no failures in IPS. IPSに失敗はない。」という行があります。就職できなかった事例、退職せざる得なくなった事例も有意義な援助が成立しており、私たちは質的分析からそのことを証明しました(2010年度日本精神障害者リハビリテーション学会)。IPSにとって就職率は、副次的な産物であり、決して目的や目標となってはいけないものなのです。IPSが支援者のためのツールでなく、当事者のためのツールとなるために、わが国の実践の普及・定着においてこのことを忘れないように警鐘を鳴らし続けたいと考えています。
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