16.
医療機関内の壁と変化
とはいえ医療機関で就労支援に関わり始めた当初は苦労が絶えませんでした。院内でもIPS支援の有効性はあまり理解されておらず、法人内の一部の支援者が学会等に報告する成果を出すために行っている取組程度に考えられていた時期がありました。右は、働きたいと意思を表明する患者に対して以前の私たちスタッフが投げかけていたような声かけの例です。これは標準的な精神科病院の様子と変わりはないでしょう
・ 仕事は、どうやって見つけるの?
・ 仕事っていっても続かないとね。
・ 疲れちゃうでしょ。
・ 無理しない方が良いと思うけれど。
・ まだ生活保護なんでしょ。
・ 仕事すると収入認定あるのよ。
・ 主治医は良いと言ってるの?
・
しばらく様子見て焦らなくていいよ。
しかし、既に述べたようにケースから学ぶことにより私たちの態度は徐々に変化してきました。本人の「働きたい」という希望を中心に治療計画が立てられていくことはシンプルで分かりやすいものです。どうせ無理だろうと考えられていた患者が、本人なりに奮闘していく姿を目の当たりにすると、自分たちの思い込みを反省する機会となります。気がつけば、医師、看護師、デイケア職員などとともに何とか本人の頑張りを無駄にしたくないと必死になっていました。チームの凝集性は高まり、「患者様第一主義」などの美辞麗句の導入では得られないリカバリー志向のサービス体制へとシフトするわけです。
診察場面では医師や支援者を気づかって、言いたいことを我慢している患者も多いものです。症状や困難ばかり記載されがちだが、電子カルテにIPS支援のプロセスで得られた患者のポジティブな側面やリカバリーを記し、医療従事者が持つ「患者は働けない」といういわば認知のゆがみを修正していくこともIPS支援者の大切な仕事になります。また院内でのリカバリーに関する発表、学習会を開催するなどの企画もタイミングを見て織り込んできました。チーム形成には必ず混乱期があるものです。これを乗り越えることはIPS実践のために必要なプロセスであり、乗り越えることでチームが得るものが研修やマニュアルに従った7原則の実践では到達しえない、いわば手続き記憶に基づいた身体で覚えるIPSに必要なノウハウとなると考えています。
IPS開始当時に比べ、医師をはじめとする院内医療スタッフの協力は得やすくなりました。現在、IPS利用者の6割以上は主治医の紹介によるものです。「薬物依存があるが、百発百中で注射できる器用な方です」といった具合に、医師もストレングスモデルに基づき、治療方針の決定や薬物療法、精神療法を行います。IPSワーカーは就職活動に必要な情報を収集(インテーク/アセスメント)し、毎週月曜にハローワークから届く求人情報などを参考にその場で就職活動が開始されることが多くなっています。デイケアの職員もこのアセスメントが取れるよう訓練されており、IPSワーカーとの間でカンファレンスを毎月行っています。ハローワークや就職面接の同行、職場内援助など院外での援助を提供するのは専らIPSワーカーの役割となっています。IPSワーカー以外に、主治医をはじめ、外来・入院・デイケア・医療相談室に所属する看護師、薬剤師、精神保健福祉士、作業療法士などその患者に関わる多職種が電子カルテで情報を共有し、患者に応じてチームが形成されます。
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